気とは何か

気とは「生命エネルギー」です

「気」というのは「生命エネルギー」ですが、動物だけでなく、植物、微生物もこの気を発しています。
動植物には「生命」がありますが、この「生命」というのは、ジェネレーター(発電機、発生器)、循環器のようなもので、この「生命」の働きによって、気を吸い取ったり発したりしながら、私達の精神や身体が維持されています。

気とは生命エネルギーです

気は身近なもの

私たちは生きているだけで気を吸い取ったり発したりしながら、そして、実はほとんどの人が、この気を感じています
人とのコミュニケーションの中で「大して会話をしなくてもなぜだか気が合う」と感じたり、「一見、笑顔だけど騙されそうだなぁ」って感じる事がありませんか?
また、神社や山奥に行って、マイナスイオンが充満してそうな気持ちを良さを感じる事がありませんか?
それらは全て気の影響であり、私たちは無意識にそうやって感じ取っているのです

私たちは何もしなくても気を発している

私たちは何もしなくても気を発しています
そして、優しい気持ちでいるときは「柔らかい暖かい気」を発し、イライラしているときは「ギザギザの気」を発し、また植物たちは空気清浄機のように、この地球上に漂う気を吸い取り微細な気を発しています
生きているものは全て気を吸って出しているのです
ただ、私たち人間は感情を持っていますから、気を発する際にその想念や感情を気にのせて発するために様々な気を発するのですが、振動の仕方が違うだけで、気は気です

ですから、『雰囲気=気の気配』と考えてください
試験会場に行くと、その場の空気が「ピリピリ」感じるときがありますね
このピリピリ感じさせているものが気です
試験会場の場合、受験生が絶対に「合格してやる」と意気込んで一つの場所に集まり、その会場の受験生がみんながそういったピリピリとした気を発しているために、それらが充満して、その場の空気がピリピリとしているように感じられるのです

コミュニケーションの中でも気のやりとりをしています

私たちは、会話の中で、言葉のやりとり以外に気のやりとりもしています
きちんと書類を見せて説明したのに、言葉が伝わっていないように感じるときがありませんか?
コミュニケーションの中で私たちはお互いに「気」を出し合い循環させているのですが、片方が他のことを考えていたり、また聞いていないときは気の循環がなされませんから、相手が返事をしていても伝わっていないように感じます
逆に会話がほとんどないのに旧知の友であるかのように感じるのは、お互い初対面で気を感じ合い、その瞬間に「相性が良い!」と判断し、それから会話以上に気を循環させあっているためです
子どもが何の会話もしていないのに、仲良く遊ぶのは会話が不自由な分、気のやりとりをするためです

気には陰と陽の2つの性質の気がある

ここでいう陰と陽というのは、陰陽五行論の陰陽ではなくて、陰という性質と陽という性質の気という意味です

陰の気というのは、生命が発した気そのもののことで、直線的でサラサラとしてて、ジワーとしています
神社や大自然に行ったら、すーっと涼しい、酸素が濃い感じの気持ち良いものを感じるのは陰の気です
そして、陽の気というのは、内丹法の呼吸法を使って、丹田を炉にして、陰の気に火をつけたものになります
陽の気というのは、まさに火がついた陰の気ですから、実際に熱をもっていて、上へ上へと上がり、陰の気に比べてパワフルで、パワフルであるがゆえに扱うのが難しく、そのパワフルさに耐えられるだけの気力と気脈が必要になります
それだけパワフルですから、何か物事を現象化させたりするときには、陽の気の方が良いということになります